【小説】都市伝説 幸せ天国計画(上)

<幸せ天国計画>

~1~

 暑さに溶けてしまいそうだ。不快な汗がさっきから背中を伝っている。

 蝉の音が喧しく鳴り響く。

「あのね、リンデね、人が死んじゃう夢ばっかり見るの」

 僕の隣に、子どもが居た。

 何時の間に現れたのだろうか、暑さでボーっとしていたせいか気付かなかった。

「こんにちは。君はひとり? ママやパパと来たの?」

 週末はいつも兄の子どもと遊んでいるので子どもの扱いは慣れている。僕はしゃがみ女の子と目線を合わせてゆっくり喋りかけた。

「うん、ひとりで来たよ」

 女の子はブロンドの髪に青い目をしていた。五歳児位だろうか。小学生になったばかりの姪っ子と背丈は大差ないが、この女の子の顔立ちがはっきりしており、聡明な印象を受けた。日本語を流暢に話すから日本育ちなのかもしれない。

 女の子の親御さんがいないか見渡すがそれらしき人影は見つからなかった。

 世界各国と比べて治安の良いと言われている日本だが、幼い子どもがひとりで遊べるほど平和ボケしている国ではないだろう。都内のビル街の中にあるこの小さな公園のすぐ近くには工事現場が複数ある。子どもが迷い込んだら危険だ。

 大通りから少し奥まった所にあるこの公園に不審者が出たという話も聞く。まともな親なら昼間でもここで子ども一人で遊ばせるなんてことはしないと、僕は思う。

「そうなんだ。僕は伊藤元と言います。君の名前は?」

「リンデだよ」

 聞きなれない名前だ。

 リンデと名乗った子どもは地面を這う蟻をじっと見ていた。

「リンデちゃんは誰かを待っているの?」

 リンデはぶんぶんと大きく首を振った。

「そうなんだ。僕は友達を待っているんだけど中々来ないんだ」

「へー! リンデとおんなじだね!」

 リンデは歯をみせて無邪気に笑った。どこからどうみても、普通の子どもだった。

 ――次の言葉を聞くまでは。

「あのね、リンデね、お兄ちゃんが死んじゃう夢をみたの」

「え?」

「あのね、この前のコンビニに自動車さんがぶつかっておばあちゃんが死んじゃう夢を見たの。嘘じゃないよ。今日はね、お兄ちゃんが死んじゃうんだ」

 一瞬、僕の心臓が高鳴った。

 リンデちゃんは蟻の行く先へ進む。僕も後をついていく。聞き間違いだろうか。それにしては嫌な内容だ。僕が死ぬなんて。

 リンデちゃんの言ったコンビニに自動車が追突し老人が亡くなった事故はここ数日センセーショナルに報道されている。運転手も老人で、老いにより認知機能が低下して運転技術が危うくなったので家族に免許証の自主返納を勧められていたが断り続け運転をしていた結果起きてしまった、悲劇の事故だ。

 他人だからあまり心は痛まなかったが、これを起こしたのが自分の家族だと想像すると恐ろしく悲しい。

 心を閉じていた方が生きやすい、それは悪いことではないはずだ。そう考えていたのに、兄が不審者がでたと話していた公園に子どもがひとり遊んでいるのを見かけて気になってしまったのだ。

 僕が不審者として通報されるかもしれないリスクはあったが、兄の娘である姪っ子が可愛くて仕方のない僕にはひとりで遊んでいる子どもをほうっておくことが出来なかった。

「リンデちゃん、こういう話は聞いたら悲しむ人がいるからやめようね。それにね、人が死ぬなんて、嘘でも言っちゃダメだよ」

 姪っ子に諭すように穏やかに語りかける。

 僕の言葉を無視して、リンデちゃんは蟻の巣をじっと見ていた。そして、蟻の巣に木の棒を差しぐるぐる回し始めた。巣を壊された蟻が次々に溢れ出てくる。

 リンデちゃんはおもむろに立ち上がり、蟻を踏み殺し始めた。

「……リンデちゃん、何しているの?」

「蟻を殺しているの」

「なんでそんなことを……」

 驚き戸惑う僕にリンデちゃんは笑顔で僕に言った。

「昨日ね、蟻さんが死ぬ夢を見たの。だからね、リンデが殺すの」

 無邪気に笑いながら蟻を踏むリンデちゃんは木漏れ日に照らされながらとても可愛らしく笑っていた。

 こんな小さい幼い子どもが人の死を正しく認識していることに僕は驚き、初めてリンデちゃんに恐怖を感じた。冷たい汗が背を伝う。

「リンデちゃんは何を言っているの。それに蟻が可哀想だろ? 例え虫でも命は簡単に奪ってはいけないんだよ。命は、」

「知っているよ、命は大切なものでしょ。夢でお兄ちゃんが言っていたの。それ言ったらお兄ちゃんは死んじゃった」

 僕の言葉を遮るように、リンデちゃんはケロリとした顔で言った。

「あ」

 リンデちゃんが声を上げた。

 僕はその声を合図に公園の出口へ駆け出した。ここへいてはいけない。何故かはっきりそう思った。

 その時、頭上から誰かからの叫び声がした。見上げると鉄の資材がやけにゆっくりと落ちてくる。

 僕の人生の様々な出来事がフラッシュバックされる。幼い頃、家族に囲まれている僕の誕生日や高校でやっていたサッカーの試合の風景。家族や友達、同僚、姪っ子など様々な人が浮かんでくる。

 これが走馬燈かと理解した時、意識は途絶えた。

「あのね、お兄ちゃんがリンデに怒って帰っちゃう時に死んじゃうってこと教えてあげたかったのに、もう死んじゃった。あーあ」

 蝉鳴き声に、誰かの叫び声と救急車のサイレンが重なった。リンデは血だまりの中で倒れる伊藤元を一瞥すると公園から去っていった。

「大丈夫、お兄ちゃんはリンデの幸せな天国に行くから、怖くないよ」

 リンデは無邪気に歩き出した。

 白い影は真夏の日差しに吸い込まれていった。

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