【小説】都市伝説 幸せ天国計画(下)

~3~

『死を予言する女の子』、私がこの都市伝説を思い出したのは、ひとりの男性が不慮の事故で亡くなったというニュースを見たからだ。

 私は男性が亡くなる少し前、お伽噺のお姫様のような可愛らしい女の子がスカートを風になびかせ、楽しそうにくるくる回っていたのだ。

 オフィス街の近くにある公園に似付かわしくない、可憐な子どもは記憶に色濃く残っていた。

 バイト先の休憩室で高校生たちが話していた都市伝説、ある老夫婦に引き取られた楓が夢で死を予言する話。

 まあまあよく出来た話だが、楓が何故「リンデ」と名乗ったのかが言及されていない。スッキリしない終わり方だ。

 高校生達に聞いても、そこはまだ解明されていないと言っていた。高校生達曰く、考察をするのが楽しいのだと言っていた。なるほどな。

 いつの間にか些細なことで笑い楽しむ高校生たちと自分を比べていることに気付く。

 あーあ。つまらない。

 私、篠原菫は今年度、二十八歳になる。立派なアラサーだ。同級生は皆、結婚だの起業だの個展を開くだとか、私とは違うステージへの階段を駆け上っていってしまった。

 高校生の頃からずっと同じカフェで働いているせいか、私だけ時が止まってしまっているように感じる。

 十八歳の頃から着ている制服に手を通す度に、周りの同級生と比べてしまい段々と卑屈になっているのが嫌でも実感する。

 夢を追う為に正職への道を捨てたのはいいものの、未だに夢が発芽しない日々に焦りを感じている。

 漫画家になるのが夢だった。

 アルバイト以外の時間を全て漫画に充てているのに実を結ばない。

 両親の視線も年々冷ややかになってきた。実家出暮らしているが少々居心地が悪い。だが今更両親の望む正職を目指すのも遅い気がしている。

 八方塞がり、背水の陣。すなわち私の味方はどこにもいなくなってしまった。

 最近は漫画を書くのが楽しいという感情を失いかけていることに気付いてしまった。

 でも諦めたくない。いつか一発逆転できると信じたい。

 私は漫画を描かなければ。それには新しいネタが必要だ。

「ネタ……バイト先と家を往復しかしていない私に思いつくネタ……」

 私の世界はとても狭い。

 SNSの同級生たちの幸せそうな笑顔。

 目に見えて解る女の幸せを手にする姿が、とても綺麗で幸福の象徴のように微笑む姿が、私には無いものを抱えて、羨ましくて、殺したいくらい嫉ましい。私を苛めていた奴らはのうのうと幸せになっていた。

 不意に、高校生たちの話を思い出した。

『死を予言する女の子』

 この話を題材に漫画を描いたらどうだろうか。

 楓がリンデになった理由も、純日本人夫妻の間に異国の血が入るブロンドヘアの子どもが産まれた理由も私が完成させるのだ。

 この都市伝説を私が完成させ、私が都市伝説になる。誰にも為し得なかったことを成し遂げたい。

 興奮で頬が蒸気していく。

 未知のモノを追いかける緊張で震えた。

 きっと私は、ブロンドヘアの子どもを見かけた瞬間からこの運命は決まっていたのだ。

『幸せ天国計画』

 十年前、父が急死しました。死因は心臓発作でした。母が、誰も恨まずにいられる死因で助けられた、これが交通事故や誰かの過失によって死んでいたら私たちは一生その人を恨まないといけなかったから、と言っていたのをよく覚えています。

 母の言葉を聞いて、これは偶然起きてしまった不幸なのだと思うことで十四歳の私は父の死を受け入れようとしていました。――警察官の小林さんと出会うまでは。

 慌ただしく葬儀を終え私と母が疲弊していた時に小林さんは来ました。

 小林さんは三十代後半くらいの、人当たりのよさそうな男性です。ただ眼光だけは獲物を狙う肉食獣のように周りをギョロギョロと観察している。

 彼の愛想笑いが下卑たものにしか感じられず、あまり好ましく思えませんでした。

 小林さんは私たちの家の中を、眼球だけ動かし丁寧に一周してから私たちの前に向き合いひとつの写真を見せました。

 そこにはブロンドヘアの幼い少女が、父の手を引いて歩いている姿でした。

「小林さん、これは何なのでしょうか」

 母は疲弊しきっていました。初めての喪主が忙しくて、父が亡くなったことを悲しむ暇もありませんでしたから当然でしょう。

 私は内心彼を責めていました。

 小林さんが来なければ母と私はしっかり休んで、父のことを悔やんだりこれからのことを話し合おうと考えていましたから。

 母一人子一人になった私たちは協力して生きていこうと、母のことを支えて行こうと、父の骸を見てから心に決めました。

 それが亡くなった父に出来る唯一の親孝行だと、その時は考えていました。

「それは申し訳ない、ただ亡くなった〇〇さんの最後の行動が分かり、お伝えしなければならないと思ったのです。こちらをご覧下さい」

  小林さんは私の心を見透かすように、下卑たように笑い、タブレットでひとつの動画を再生しました。父の亡くなった公園の近くにあった監視カメラで撮影された映像でした。

 私と母は食い入るように映像を見ました。

 公園の入り口の前にいるブロンドヘアの幼い女の子に父は声を掛けていました。父はとても優しいので、ひとりでいる子どもが心配だったのでしょう。

 子どもは父の手を引き道を歩き出しました。父は優しそうな表情をして、子どもの話をずっと聞いているようでした。

 そこでカメラの位置が変わったのか、父と子どもは交差点にいました。私は心臓がドキリと大きく震えました。ここは父が亡くなった現場です。

 小林さんは変わらず下卑た笑みを浮かべ私を試すようにみています。

 ブロンドヘアの女の子は突然、父の胸を押しました。よろけた父は驚いた顔で道路に座り込んでいます。女の子はとても綺麗に笑いながら父の耳に何かを囁いているように見えました。

 父は苦しそうに心臓を抑え、倒れ込みました。母は父の最期の姿に悲鳴をあげ顔を手で覆いました。私の心と身体は石のように硬直してしまい、食い入るように画面を見続けました。

 父が苦しみ悶える姿を女の子は楽しそうに見ていました。父が息を引き取った瞬間、女の子は満足げに監視カメラに手を振り去って行きました。

 胸の奥が焼け付くような激しい感情が沸き上がりました。あの女の子は監視カメラの存在を知っていて、この映像を見ている者にメッセージを送ったのです。

「これは非公開情報なんですが、ご家族の方には知らせた方がよいと思いましてお持ちしました。貴方の父はこの女の子に殺されたのですよ」

 殺された、父はこの女の子に殺された? 事故でなくて、殺人? 何故、どうして。誰よりも善良な父が殺されなくてはいけないのか。硬直が解け、身体の中をマグマのように熱い怒りが沸き上がりました。

 怒りで我を忘れそうになった時、母が静かな声で言いました。

「――何故この映像を私たちに見せたのですか」

 小林さんは下卑た笑みを一層、厭らしく歪めました。

「何故って、決まっているでしょう。正しい真実をお伝えしなければと思ったのです。正しさことが唯一、誠への道を導くのです。彼が亡くなったのは不幸な偶然ではありません、殺人です。この子どもはわざわざ監視カメラで自分の功績をアピールしているのです。貴方たち家族や警察へのメッセージです」

 小林は興奮し、早口で捲し立てます。

「じゃあ、あなた方警察がこの子どもを捕まえて下さい、突然押しかけて来て非常識です。お引き取り下さい」

 母もきっと私と同じ気持ちだったのでしょう。私はこんなにも冷静に怒る母を初めて見ました。

「ああ、それは申し訳ありませんでした。よく心が無いと言われるんですよね。ヒヒヒ、またやっちゃいました」

 私は声を震わせ叫びました。

「で、出てってください。早く、帰って!」

 もう沢山でした。

 私たちは父の死を静かに悼みたいだけで、わけのわからない映像で心を掻き乱されたくない一心でした。そもそも、小林は私たちのことを何一つ考えていない、女だから軽んじて見ているのでしょうか。

 無神経な大人が大嫌いです。私は無力にも涙が溢れてきました。

 小林は悪びれもなくへらへらと小馬鹿にしたように小さく笑いました。そしてぬらりと立ち上がり大げさに、

「こんな夜分遅くに、誠に、申し訳ありませんでした。また進展がありましたらご報告に参ります」

と、仰々しく謝りました。

 そのわざとらしい言い方に怒りより恐怖が生まれました。狂人のような不気味さを感じました。 

 小林が帰った後、私と母は顔を見合わせ何も喋らず休みました。

 翌日、母は朝から仕事へ行きました。

 私は学校へ行きたくないと我が侭を言ったら、母は許してくれました。

 ずっと、小林が見せた映像のことが気になっていました。父を殺したとされる女の子のことがどうしても頭から離れなくて。

 足はひとりでに交差点へ向かっていました。

 父が亡くなった場所に小さな花が供えられていました。

 父が亡くなった現実を突きつけてくるのに、道行く人は小さな花には誰も足を止めない。

 私たち家族の不幸は世界から見れば珍しくもないことなのだと突きつけてくる。

 少し前までは私もそうだった。父が亡くなってから、世界が一転してしまった。

 これからどうなるのだろうか。

 こうなってしまったのはあの子どものせいだ。

 ブロンドヘアの女の子は簡単に見つかった。

 交差点前の公園の花壇の前で、女の子は花を見ていた。

「こんにちは」

 女の子に接近する。心臓がうるさいくらい鳴っていた。

「こんにちは!」

 女の子はこちらの緊張に気付く様子もなく、見たままの年相応に愛想よくこちらに笑いかけてくる。近くでみると女の子はブロンドヘアに目鼻立ちがはっきりしている。お伽噺のお姫様のようだと思った。

「こんなところで何をしているの?」

 口が震えそうだった。この小さくて可愛らしい女の子が父を殺したなんて、信じたくなかった。

「リンデね、お姉ちゃんのこと、待ってたの」

 女の子は優しく微笑んだ。瞬間、私の心臓が何かに掴まれたようにヒュウと音を上げる。

 息が出来ない、苦しい。私は無様にも倒れ込んだ。

「……何をするの」

「リンデね、優しくて心が綺麗な人間が大好きなの! だからお姉ちゃんが欲しくなっちゃって」

 リンデは苦しむ私の頭を撫でる。その手があまりにも優しくて、私は生命を諦めてしまいそうになる。

 この手に委ねれば、楽になれる。本能がそう直感していた。

「リンデね、お姉ちゃんのお父さん?に会ったとき、びびびってきたの。夢で見た優しい人だって」

 霞む視界でなんとかリンデを捉えようとするが、瞳はピクリとも動かせない。リンデの優しい声だけが聞こえてくる。

「リンデの夢で見る人って、とても優しい人なんだ。優しいからこんなに汚い世界で生きているのが可哀想に思えるの。だからリンデが殺して、幸せな天国に連れてってあげるの」

 殺したと、言っている。ああ、やはりこの子どもが父を殺したのか。

 何かを言いたいのに言葉が出ない。

「……お姉ちゃんのお父さん、とても優しい人だから、家族も一緒に天国へ連れてってあげようって思ったの。お父さん、最期まで家族のことを心配していたよ。本当に優しいよね、この世界には勿体ないよ」

 走馬燈が浮かぶ。私の大切な日にはいつも家族がいた。お父さんとお母さん、離れたくないな、ずっと一緒にいたいのに。

 意識が遠のきそうだ。

 でも、このまま死ねば、リンデの言う天国で、父に会えるのだろうか。――それも悪くないのかもしれない。

 遠のく意識で、母の呼ぶ声が聞こえた気がしたが、私の命は尽きかけていた。

 私が病院で目を覚ました。母が隣で泣いていた。

 学校を休んだ私が気になって、会社を早退して帰宅したら私がいないので探していたら、父が亡くなった場所で倒れ込んでいるのを見つけたらしい。

「……ブロンドヘアの女の子を見なかった?」

 母は青白い顔で首を振った。

 私は母にリンデとのことを話した。そして、恐ろしくなった私たちは街を離れることになった。

 私たちは街を離れる前に小林に会った。

 小林に私はリンデとの間に起きたことを話した。

 小林はこのブロンドヘアの女の子は「死を予言する女の子」という都市伝説と似ていると話した。死を予言する女の子は、善良な人間を幸せな天国に連れて行く、それは何の為か未だ分かっていない。

 私は小林にこの『都市伝説』に進展があれば包み隠さず教えて欲しいとお願いした。

 小林は約束をしてくれた。小林は好まない人種だが、都市伝説や怪異の専門家らしい。手を組んでいて損はないだろう。私たち家族はもう、巻き込まれてしまったのだから。

 私はいつかリンデと対峙するだろう。

 あんなに怖い体験だったのに、それが少し嬉しく思ってしまうのはリンデのいう幸せな天国で父と再会できるかもしれないと思ってしまうからだ。

 私は弱くて、父の死を乗り越えられていない。

 リンデの幸せ天国計画は私の遠く手の及ばないところで続いているのだろう。

 リンデの柔らかい微笑みの先にこの世界より美しい幸せな天国が存在するのなら。誰かにとってリンデは死神ではなく天使になりえるのかもしれない。

 私は父と母の元で生まれたこの世界が好きだと、口に出して言った。

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