白昼夢

噛み合わないままでいいなんて当時は知らなかった。
良いことと悪いことを天秤で比べたら悪いことに傾いてしまう。街は好きなのに、いつまでも自分が転入生のまま卒業をしてしまった気がした。
卒業アルバムの寄せ書きですら疑ってしまう私は地の果てにでも云ってしまいたいと思いながら空想の世界を生きていた。
自分を操る冷静な私に監視されながら世界を覗き、自由や温かみは本の中にしか存在しないと信じ切っていた幼さを持てあまし、日常を書き捨て物語の世界で呼吸をしていた。


金メッキの幸福が覆っているものの正体を勘づいてしまった瞬間、毎夜眠るのが恐ろしくなっていった。
厭な音がして目を覚ますといつも身体がぴくりとも動かない。
起き上がることも指先ひとつ動かすこともできない。声を出そうとすれば細々と苦しげな呼吸が出るだけだった。
金縛りだと気付いた瞬間に身体の上を何者かに押され、首を絞められる。
「死ぬかもしれない」と思った瞬間、ふつふつと怒りが沸いた。心の内でのし掛かる何者かに口汚く怒鳴り散らすと、黒い影がカーテンの端から逃げていくのだ。安堵したまま睡魔に負けて眠りにつくのが当時のよくある日常だった。


この街の春が一等好きだった。
市役所通りに咲いている満開のソメイヨシノのトンネルを通る。桜の木の下には死体があるというセオリーに習うなら私の街は死体に溢れているはずだ。
白昼夢に面影を探すのは早々に辞めてしまった。分別をつけられないほど幼くはない、ないものはない、それだけのことだと冷静な自分が言った。

その通りだと頷く。悔しければ夢枕に立つなり跡がつくほど首を絞めてしまえば良いのだ。


どこにもぶつけられない怒りや劣情は燻り、澱みとなり蓄積され、毎夜睡眠を削る。満開のソメイヨシノが散る瞬間、とても幻想的で悠久を彷彿させる。

そんなソメイヨシノにも寿命があるという当たり前を知った時、私の中のひとつのお伽噺は終わりを迎えた。
永遠が欲しくて毎夜泣いていた不安定な情緒はソメイヨシノと共に散っていったのだ。


でいだらぼっちの足跡から出来た池。鴨が沢山いて白鳥は一羽。亀はいつもひなたぼっこをしていて、ど派手にカスタマイズされた自転車に乗るおじさんがいる。

小栗判官の照手姫伝説、蚕を紡ぎ絹を作っていた昔の日常。烏山藩が用水路を掘った街。太平洋戦争中は軍都になり今でも米国基地がある街。

打ち上げ花火が上がり、七曲がりを下りどこまでも自転車で出かけた。鯉のぼりが泳ぐ川を大凧が揚がる。金メッキに覆われた時間は幸福そのもので、私はどこにでも行ける気がした。

緑豊かな公園を駆け回り、木に登り花の蜜を吸いどんぐりを拾い集めた。

川の先を見に行ったり、沢山遊び「もしも」を空想したこの街の、歴史や文化が好きだったり、垢抜けないのどかさを嫌った。

一番に嫌いだったのはどこにいても浮いてしまう自分のことだと、街を離れてから気付いた。
めまぐるしく変革していく世界に怯え、全く効かない時間薬を飲みながらいつもどこかへ逃げ出したかった。


「それで何を手に入れたの?」

耐えかねてとうとう逃げ出した。
逃げ出すついでに金メッキを全て剝がした。愛情や優しさ、期待や裏切りを全部暴いてみた。暴いてみたら、こんなにちっぽけなメッキで私の幸福は覆われていたのかと勝手に悲しくなった。


「結局は自己満足で家族を傷つけただけだったね。自己中なのは自分自身ってオチとか笑える」

時間薬が精神科から処方される内服薬に変わり、青空も澄んだ水も美しかった七曲がりの下にいた蛍の灯り全てを疑った。あの人にかけられた期待も、成りたかった優しい姉も何もかも全てを疑った。

一度疑いだすとキリがない。仕方ないからひとつひとつ確認していく。すると世界は逆さまになり大きく歪む。その中で正しく光っているであろう常識の答え合わせをした。そうして母の説く倫理で、世界は廻っていないことを理解し、絶望した。


「ただ貴方が物語にばかり逃避して人付き合いをおざなりにしていたせいで知らなかった常識じゃん。被害者ぶってバカじゃないの」

霞む視界で見た菊の花、やけに閑散としていた青い空、冗談で済ませたかったからわざと見ないふりをした母からの伝言。
当たり前に続くものなんて何もなかった。自分の未熟さを恥じて捨ててしまいたかったものが亡霊となりいつまでも纏わり付く。冷静な自分はそれすらも日常と介し、毎夜慣れた様子で金縛りを解除するのだ。

「ここまで自己中を貫いたんだから今更後戻りなんて出来ないよ。腰掛けの優しさなんかに縋るのを辞めて、ひとりで立てるようになった今の方がまだマシだよ。死ななくてよかったね」

 今更、世界の美しさに嘆いて自分と比べる必要もない。天秤で比べたところで何にもならない。どうでも良いのだと世間に中指を立てて笑って見た。だってそうだもの。私の見た世界は、綺麗じゃない。

 過去を改ざんし都合の悪いことは忘れ、大事なものも等しくいつのまにか消えていく。噛み合わないままではいられなかった潔癖が薄れたのは一度街を離れたからだ。
 夏祭りの音頭を聞くと昔を思い出すからあの街は私の故郷なのだと思う。
 幸せだった。
 ただ記憶の中のソメイヨシノだけがいつまでも一等に美しい。

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