詐欺師は天使の顔をして

<レビューと感想>

Twitterで好きな作家の先生が斜線堂有紀先生のことを話していて、そこでこの本を知りました。個人的に金髪の登場人物や霊能力などのオカルト、ミステリーが大好きな性質なので読むしかないと思いました……これは運命ですよ。本屋に行けば眩暈するほど沢山の本があるのですから、本との出会いは運命説を私は提唱します。

斜線堂有紀先生の著作は初めて読んだのですが、とても読みやすく面白かったです。情景が手に取るように思い浮かびました。過不足なく整えられた本はそれだけでスムーズに没入できるので私は好きです。

あらすじで記載した通り、世間を賑わせた霊能力者「子規冴昼」が失踪したところから始まります。子規冴昼と共に霊能力詐欺をしていた呉塚要は3年も彼を探し待ち続けていました。

「初雪を見てくる」

子規冴昼はそう言い残し、要の前から消えました。要は3年も彼を探し続けていましたが、彼はなかなか見つからない。「子規冴昼」という二人で作り上げたエンターテインメントは彼の不在を突きつける墓標として要を苦しめ続ける。

諦念が要をじわじわと侵食し始めた時に子規冴昼から一本の電話が入り、ここから物語が動き出す―――

「俺はまだ神に勝っていない」
「ずっと考えてたんだ。(中略)
 対決してきた偽霊能力者たちと、子規冴昼の違いは何処にあるんだろう?」

この本は呉塚要視点で進むけれど、主人公は紛れもなく「子規冴昼」です。

子規冴昼を要は観測し続けることを決意をした。そこまで要を突き動かし続ける執着の正体とは。

不鮮明な自身の輪郭を色濃くする為に必要な物。当人たちにしか分からない論理も信じれば本物になるなんて、世間から見れば暴論もいいところだ。全てを投げ打つ二人の親御さんは死ぬほど悲しいと素直に考えました。作中には登場しないけれど。

私が要と同じ立場になったとしても同じことはできないと思う。それでも読み終わった後、帯文に書いてあった「祈りと執着のミステリー」という文面を抱きしめたくなりました。

二人だけで完結した世界は、その他大勢のひとりである私から見たら美しくて価値のあるものに見えてしまう。私にもそんな人がいたら、なんて空想をしてしまった。

続編が出たら読みたいけれど、ここで終わった方が物語としては美しい気がする。「子規冴昼」には世界を美しく完結して欲しいから。蛇足は必要ない。

しかし続編がでたら読むでしょうね。絶対読みます。

とりあえず私は斜線堂有紀先生を観測し続ける為に、来月発売される新刊を楽しみに本日も労働に勤しみます。

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