免罪符とロケットマン

大人になると何処へでも行けて何にでもなれると、自由こそが大人の証で最大の免罪符なのだと思っていた。

大人になった今本当にそうなのだと知った。私は苦手な場所から逃げてきたし、行きたいところへ出かけた。白黒はっきり答えをださない居心地の良さも悪さも知ってしまった。欲しい言葉は二度とかけられないことも理解した。他人を傷つけて傷つけられて、赦して赦されていくものが生きるということもようやく理解した。理解しただけで未だに追いついていないことの多さよ。なかなか成長が出来ないのに時間ばかりが過ぎていくから堪ったものではない。

子どもは自由にはなれないから、大人になるしかないと思った。頭を使えば子どもでも大人のように扱われることを知っていた。ただ私がそれを選ばなかったのは、吃音症が今よりも酷かったのでまともに会話ができない場面が多く、それを抱えて上手くやれる自信がなかったからだ。

27歳になってもこの様子なら、きっと死ぬまでこうなのだろう。

季節にどんどん置いていかれる。寂しくならない様に文章を書いていよう。

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