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病みが天元突破すると人は腹痛で死ぬ。生理痛なのが腹を下した腹痛なのか分からず、ほぼ寝ていた。定期に来る会社のラインに女神対応する為に真顔でにっこり笑う絵文字を打ち込む。

こんな悪意や惰性が透けて見えるような行動、いつか罰が当たりそうだ。考えるのはこれくらいにします。

私の感情は劇物的で、穏やかな顔面とは裏腹に気性の激しさを隠し持っているので感情を飼いならし、いつか適切なタイミングで発散させないといけない。この人々が無意識で自然的に行っている「人間活動」をわざわざ明文化して今一度頭に叩き込まないと行えない私は処遇マニュアル人間なのだ。

適宜なんて分からない。倫理感や正論で世界は回っていないのに抽象的な「優しさ」という概念で私の付近の世界は回っていた。

これが愛らしい。つまみ食いが愛らしい。あの子は可愛がるけどこの子はあまり好きではないが人間だもの仕方ないという言葉で許される世界はあってもそれは表に出さなければ許されるらしい。なんだそれ。詭弁だ。

清廉潔白でいることが愛であると、平等に微笑み手を差し出し平等にぶん殴るのが愛だと思っていた。前者とは生きてきた世界が違うらしい。

深淵の淵で愛を求めて彷徨う怪獣にでもなった気分だと、ロマンティックを謳ってみた。

生き地獄の正体をはっきりと捉えてしまい、これは飲むしかないとウイスキーをきめていた。

聖人君子にウイスキーはいらない。潔癖の果てに生まれた矜持せいで生きづらくなってるのだとしたら、捨てるべきなのだろうか。これがあったから、生きて来られたのに。

楽を求めるのはやめて、自分の生き地獄を飼いならすしかないのだと理解しました。大人が性格をなかなか変えられない原因がここにあるのだと思いました。

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