世界とクオリア

君の傍にいると、いつも心がひりつく感じ。君が幸せそうに笑っている時に感じる、幾許かの切なさ。君にとっての普通が私にとっては諦めるしかないものだったと知ってしまった時に、一瞬だけ垣間見えた絶望を愛想笑いで隠してみる感じ。

手の届かないものには、優しげに細めた眼差しを向けるしか対処の仕様が分からない。世界への有効な解は未だに見つからないけれど、優しさを纏っていれば存在することが許される気がした。

一緒に働いている友達に、心療内科を受診していることは話した。自粛期間で不眠がひどくて心療内科へ受診したと世間話で言ったことがあったから、詳しいことは言わなかった。隠し事が苦手だか上手くできているか分からないけれども。何も言わないよりはマシだと思う。

正直に打ち明けて、言った方が楽になっても言われた側を困らせることがある。これはちゃんと話すと困らせることだと気付いている。自分にしか解決できないし、身体に出る症状ではないから理解もされにくい。でも友達は優しかった。その気持ちからでる優しい反応だけで充分だ。有難いな。迷惑をかけたくはない。

昔より随分、病弱になってしまった。でも今のところ調子が良い。精神的に落ち込むことがなければ、急に何かが起こることはないと思う。

抗うつ剤と抗不安薬、睡眠導入剤。これらによって不眠症も吃音症も抑えられているからしばらく続ける予定になるから、薬代が高くならない様に「抵抗がなければ、」自立支援医療証を申請することを提案された。私は承諾した。医療費は安く済めば有難い。生きるって難しいけど、薬による治療が上手く言っていて、前より自然に笑えるようになったし生きるのが少し楽になったから多分良いことなのだと思う、良いことなのだと思うけれど、たまに悲しくなる。

私にとって初めての挫折は吃音症によって起きて、それが今の文章への執着に繋がっていると言えど「こんなはずじゃなかった」と泣くことは少なくなかった。それでも生きていればいいよね。うん、きっとそうだ。

子どもの頃、瞼を閉じて太陽を見ると広がる赤色が好きだった。どうして好きなのか尋ねられると何も言えなかったのだけど好きだった。

物語で現実世界を惑わしていくとどうも頭の中がお花畑な人間に見えるらしいけど、物語の色眼鏡が無くなったら生きていける自信がない。この色眼鏡をかけていたからどうにかやってこれたのだと思う。ただの現実逃避なんだけどね。現実逃避の才能が有りすぎたかな。笑 私は物語や文学に対する気持ちは変わってないらしよ。(→「文学は希望ではないけど結婚したい。」

コロナの自粛も解除されて、第二波が怖いけれどまた色々なところへいきたいです。現実世界の嫌なところばかりみていないで、綺麗なものを沢山みたいな。世界を綺麗に見える瞳を授けてもらったので、なるべく足掻いていたい。

色んな問題もあるのだけれど、生きていればどうにかいい方向に解決することを願って明日も笑って暮らしたいです。

読んでくれてありがとう。また書くね。

ナカタサキ

ブログランキング参加中

クリックして応援して頂けると喜びます(*'ω'*)

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
人気ブログランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です