ミッドナイトブルーに沈む

「あ、今日はダメかもしれない」

朝起きたら部屋に蜘蛛が居て、「朝蜘は吉兆の印だから良い1日かもしれない」なんて思った今日は、梅雨特有の天気病の体調不良でほとんど動けなかった。ただ幸運だったのは今日の業務は在宅勤務だったことだ。

在宅勤務の日はゆるく働かせて貰っている。ただ流石に成果物は提出しないといけない。報告書と、献立の立案を書きたい……と思いつつも一度ベッドに倒れてしまったら動くことが出来なかった。生産性の無さに泣きたくなった。

お昼過ぎ、空腹でも動けない。うつ病の時のようでなんだか怖かった。でも雨が止んだら動けるようになったので、うつの時よりはまだ軽症なのだと気付きホッとした。気まぐれのような一瞬の晴れ間に、パーカーのフードを被りマスクをつけ、誰の視界にも映りたくなくて、道の端を歩いて買い物へ行った。

最近は上手く呼吸が出来ていた。いつも笑って、何でもない様に笑って働く。パラメーターを愛嬌に極振りしていた過去があるから決めてしまえばまあまあ余裕だ。医者に処方された薬で精神の「状態異常」が調子が良い私はいつも笑って、空想で誤魔化して憧れを追い求めるある種病的な「メルヘンチックへの執着」を手に自由に楽しく生きている。

上手く出来ていたのにその反動か、雨の日の私はあまりにも弱弱しかった。その夜は「ミッドナイトブルー」と書いてあった入浴剤を入れたぬるい湯船に浸かりながらぼんやりと天井を眺める。頭の中ではあいみょんの「愛を伝えたいだとか」が流れる。

健康的な朝だな
こんな時に君の”愛してる”が聞きたいや
揺れるカーテン
少し浮いた前髪も
すべて心地いいさ

規則正しい生活が健康に繋がっているのは分かる。適度な運動、バランスの良い食事。適切な睡眠。健康管理に直結している仕事に勤めているのに私にとってこの当たり前の習慣を毎日維持するのが昔から苦手だった。友達に話したら少し呆れられながら「大人になりなよ」と言われてしまった。

好奇心の赴くままどこにでも行ってしまう私は、同じ日常を繰り返すのに嫌悪を覚えることがある。でも神経質で天気ひとつで体調を崩してしまうから規則正しい生活が健康維持のために必要なのだといい加減に理解している。

28歳になってもまだ完璧に大人にはなれないが、少しずつ習慣をつけるよう努力はしているつもり。そもそも「大人」というルールが分からない。「普通」と同じくらい抽象的で多数決の概念で決まってしまう、何だか意地悪なものに見えてしまう。そう思ってしまうことが「大人になりきれていない」というのだろうか。

私は子どもの頃の自分と比べて今が大きく変わったようには思えないのだけれど朝焼けや川の流れや星空をぼんやり眺めたりすることはほとんど無くなった。働くということは自分の時間を売っているのだから時間の制限がつく。何でも自由に時間を使えなくなった。それは仕方ないことだけど、何か大事なものを取りこぼしてしまいそうで少しだけ恐ろしい。

でも大人になって選択できることが増えたから、悪いことばかりじゃないのは知っている。そもそも小難しいことを考えない方が上手くいかないことも多い。

きっと長い人生こんな日もあるよねってなぐさめながらも、大好きな音楽を思い出して「明日こそは早く寝よう」と心に決める毎日です。

読んでくれてありがとう。またね

ナカタサキ

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