忘れられない空と運命論。

昔から青色が好きだった。きっと、果てのない海や空に漠然とした憧れを持っていたからだったのだと思う。(絵本や物語が好きで、空想ばかりしていた子どもでした。)

忘れられない空がある。父が亡くなり葬儀や通夜を終えて、火葬場で父が燃やされる日のやけに閑散としていた昼過ぎの青い空。火葬場の煙突から出る白い煙を見て、あれが父の魂が天国に昇る光景なのかと空想していた。春なのに妙に暑かった。近くには兄がいたが、何も話さなかった。

私は遺体になった父に触れていいのか分からなくて、リビングでドライアイスに囲まれて寝ていた父に触れなかった後悔をしていた。ガソリンスタンドで働いていた父の指は硬く大きくて、ガソリンのオイルで黒く汚れて温かかった。最期の別れなのだから手ぐらい繋げばよかった。父の大きな手が好きだった。

この時に祖母は生きていたが、どんな様子だったか憶えていない。祖母は父が亡くなってから認知症が進んでしまい、数年後に亡くなった。祖母のことを気にかけることが出来ればよかったのに、私は子どもだったし、悲しみに押しつぶされない様に必死だったと思う。

父が亡くなってもう10年以上経つが、定期的に父のことを書いている。以前は悲しくて感情の整理も兼ねていたが、今は忘れたくないから書いている。

あの世なんて存在しないのかもしれないし、神さまなんて本当はいないのかもしれないけれど、私はどちらもあってほしい。あの世で父と祖父母は再会して私たち家族を見守ってくれていて、神さまは私たちに奇跡を与えてくれるものとしていてほしい。

結局人間は事実や現実より信じたいものを信じてしまうのだと思うし、それがその人自身にとっては”自然”なことなのだと思う。

人生はひとつの川のようなものだと思っている。大きな運命の流れに逆らわず、受け入れていくのが”自然”なのだ。その川の流れる速さも、水の量も、その中で生きている動植物も、水の色もみんな違う。

逆らってもどうしようもない現実に抗おうと、大いなる流れを逆流していくことはできない。みんな違う川を生きても辿り着く先はみんな海だから、最期は再会できる。……なんてことを私は信じています。

最近は、前は悲しかっただけの父との思い出も楽しい思い出に変わってきた。不意に思い出すと懐かしくて優しい気持ちになれる。きっと父に愛されていた証なのだろうか。

色々あったがこの前、母にコーヒーゼリーセットを送った。兄にはハムを送った。新型コロナで世間は自粛しても、うちの家族はみんな第一線で働いていたから、少し離れたところで暮らしている長女からちょっとラッキーな贈り物があってもいいと思う。

家族に対して素直に「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えないのは、きっと甘えているからだ。私がどんなひどいことを言っても許してくれると心の奥底では信じている。色々あったけど、私の家族はみんな優しいのだと思う。

読んでくれてありがとう。また書くね。

ナカタサキ

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忘れられない空と運命論。” への2件のフィードバック

  1. こんにちは!
    ブログランキングから来ました。
    身近な人を無くすのは悲しいですね。
    私も続けて両親を亡くしたので・・
    思い出が変わっていくのがよく分かりました。
    家族っていいですね!

    1. フムフムさん
      コメントありがとうございます。
      フムフムさんもそうだったのですね……共感してくださりとても嬉しいです。
      そうなんですよね。
      色々あっても最終的に、家族はいいものだと思えることが愛されていた証なのだと私は思います。
      家族っていいものですよね。

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