折れた心を接ぎ木して、綺麗な地獄で微笑んでみせましょう。

私の地元には桜通りがある。
春には桜が咲き誇り、風と共に散っていくなかを自転車で駆けるのが日常だった。
(以前に地元アンソロジーに掲載した私小説「白昼夢」に桜の話は書いています。興味があったら是非)

子どもの頃は私は負けん気だけで動いていた。
「できない」は理由で結果ではない。「できるまでやる」あるいは諦める目処がつくまで行動してから「できない」という判断を下す。そうしないと何だか負けた気がして嫌だったのだ。

陽が当たる心地良い場所は限られていて、みんなそこの場所に座りたい。私も座りたい。それなら「できない」理由なんて考えずに、私が心地よい場所に座ることだけ考えればいいと思っていた。
みんなが座れないなら競争するしかない。
そう考えていたけど、最近は考え方が変わりました。

完璧だと思っていた人にも「できない」ことがあって、それが許されていて。なら私が固執していたものは一体何だったのかと考えていたら泣きたくなった。それでも意味はあったし間違いではなかった。
子どもの頃に読んだ魔法のクローバーを巡る物語「Good Luck」を思い出した。
私はシドになりたいと思ってたのに、ノットみたいなことをしていた。

陽の当たる心地よい場所に限りがあるなら、譲り合ってみんなが座るようにすればいい。
みんなが座れないなら、枯れた木を伐採して陽の当たる場所を増やせばいい。
シドがやっていたみたいに、魔法のクローバーを育てればよかったことに気付けた。

優しい人と一緒に過ごす時間はいろんな意味で地獄だったけど(その人は一切悪くはなく、原因は全て自身にあったと気付いている)これは整合性のある至極真っ当な正論であり、環境でしか培えない地獄から見えた太陽のようなものだ。

正直、真っ当な環境で育った優しい人と過ごす時間が増える度に死にたくなった。
「これから先もこの地獄を私は何度も味わうのだろうな」
そう思いながらも、最近はそれらの地獄に対して綺麗に微笑んでみせる術を学んだ。

何も言わずに微笑んでみることにしたのだ。
言っても仕方がないし、伝わるか分からないし何かを期待するには遅すぎている気がする。
自分を殺すなんて大袈裟なこととは思わない。
ただ地獄から見る朝日がとても綺麗だった、それだけの話だ。

誰しも地獄を持っている。誰しもが地獄を抱えて生きているのに、その地獄が交わることがなくてみんなが孤独でひとりで死んでいく。歪で暴力的で救いがない。
だから物語があるのだと思う。物語に救いを見出す方法しか私は分からない。
こうやって日々のことを書いていくことも救いだ。自分で自分を救える方法を見つけることができた私はある意味幸運なのだと思う。他の人はどうやって地獄をやりすごしているのだろう。分からないな。きっと誰も教えてくれないよね。

時折り、死にたくなる。思うだけだ。希死念慮が消えてくれないから仕方がない。
病気なのだろうか。神経衰弱なのだろうか。精神病質なのだろうか。
何でもいい。とりあえずいつまでも文字を書いていたい。

一度折れた心はもう元には戻らないと悟った。
元には戻れなくても、桜の木みたいに接ぎ木してまた花でも咲いてくれないだろうかと願ってみる。

地元の桜は今頃、青々とした葉が多い茂っている時季だろう。葉桜から透けて見える日差しも綺麗で好きだった。
懐かしいです。
今住んでいる街には桜の木はありません。

ナカタサキ

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